人生80年を越えたか、あるいは越えようとしているクラスメートの実態はいかがなものであろうか。
 平成28年6月4日午後6時から、前橋市内のホテル「ラシーネ新前橋」で、わがクラス会が開催されました。これは卒後55年のクラス会のレポートであります。
 まず、瑞宝双光章に輝いた成田忠雄君に花束を持って頂き、写真撮影から始まりました。次いで、久し振りに北海道から令夫人を伴って参加した長倉基君の乾杯の音頭により、会がスタートしました。
 恒例の近況報告は順不同で行われましたが、要約すると、次の2点に集約されました。
 その1。出席者のクラスメート25名の約半数を占める開業医の仲間の共通の悩みは後継者問題。一緒にやっていたが、逃げてしまった。週に3日、あとは子供に譲ったとか。次の世代には何かと遠慮勝ちのように思えた。
 一方、勤務医を続けてきた者は、施設の責任者であったり、パート医を続けている。2名が医師廃業を宣言していたが、さわやかな顔だった。
 その2。寄る年波は争えず、体の不調を訴える発言が多かった。曰く、難聴になった、腰や膝の痛み。そう言えば、杖つき歩く者も数名いた。心筋梗塞で無事生還した話。欠席者の中にも、脳梗塞で片麻痺となったという情報が伝わる。
 近況報告も途中まできて、物故者(留学生2名を除く60名中16名)に黙祷を捧げるべきではないか、との声が持ち上がった。司会者の不手際もなんのその、皆の体調を考えて、約30秒に短縮して、黙祷を行ったのであります。
 全般的には、各人「後向き」の発言に終始しましたが、まだ発言内容は何とか筋は通っていました。余力が残っていると言うべきか。
 参加者の中で桐生温生君の発言は格段と声量があり、何故か印象に残ったのであります。60年安保反対闘争では国会周辺に座り込んだり、前橋の市街をプラカードをかかげて行進した私たちの世代であります。医師偏在などにより医師不足が言われる時代、何とかまだお役に立っているように思われました。
 2年後の再会を約束して散会となりましたが、閉会の後もホテルのロビーで暫く雑談に花が咲いたのであります。

 






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